ポジティブという幻想と楽観的なデメリット

性格の悩みや心の病にかかって苦しんでいる時、「こんな自分はダメだ」と凹んでしまうことはよくあります。

その状態から抜け出せなくなるのは、悪循環にハマっているからです。

そんな時に、ポジティブ神話に惑わされて、間違った方向に進みそうになっていたんです。

今日は「ポジティブという幻想」というテーマで話をしたいと思います。

ポジティブになれない自分はダメだと思っていました。

これは自己啓発系の情報発信に毒されていたのが原因でした。

楽観的である事を評価する風潮から悪影響を受けていたのです。

「失敗はいいことだ」

「まず、やってみてから考えればいい」

こういう考えは、危険性をはらんでいるのです。

だって、「失敗はいい事」なわけではなくて「間違いに気づく事が大事」で「改善できるチャンスが大事」なのが本質ですよね。

間違いに気づいて改善できるなら、失敗しないに越したことはないわけですよね。

やってみて考えればいいと言いますが、やらなくても考えて得られることの方が、実際は多いわけですよ。

例えば人間関係ならカウンセリングではイメージ療法を使う事で、実際に体験せずとも様々な軌道修正をすることが可能です。

だから、まず行動ありきかというと、そうでもないわけです。

それなのに、「行動」「楽観的」「ポジティブ」とは違う方向性の自分が好きになれずに悩んでいました。

これは、前向きであることの必要性や、ポジティブが良いことであると言う信じ込みが強かったからです。

ポジティブなどありえない

人間はどこまで行っても満足する事はないです。

いい意味で欲深いし、物事に限りはないですし、何かやろうと思った時それが完璧にきるようになることもありえないからです。

 

いつも不満が残っている

いつも不完全な状態に甘んじている

それが人間であると。

つまりポジティブなんて事はありえないな、そう考えるようになりました。

強いて付け加えるなら、「ポジティブなどありえない」という状態を素直に受け入れ、
その不完全なる自分自身をまるごと受け入れ、痛みと向き合いながら真摯に努力を続ける姿勢です。

これがポジティブにならない、というポジティブなあり方に近い感じがしています。

 

楽観的はもっと危険でデメリットが多い

僕に最低限ポジティブなあり方は「不完全な状態」「不満であること」に向き合って受け入れることだとしたら、楽観的な態度はどうでしょうか?

楽観的は非常に危険な状態になりうると考えています。

「まあ、だいたい大丈夫かな」
「何とかなるだろう」みたいな安易な姿勢は、1つ間違えたら命取りなる可能性をはらんでいるのです。

だって、大丈夫ではない事は、事前に知る必要があるはずだし、何ともならない事態は未然に防ぐ必要があるわけですからね。

ですから、悲観的で自信のない状態を残しつつ、不完全な自分のまま、真摯にコツコツ前にすすむ姿勢をキープしていきましょう。

プラスアルファ、不完全な自分を受け入れながらも「出来ることをできる範囲でやり続ける」マインドを育てていきましょう。

 

難しいですよ。ええ。

だから、みんなで力をあわせてやっていこうじゃありませんか。